憧れと恋と。






朝から、黄瀬涼太はテンションが上がっていた。

今日は先輩…笠松先輩と【デート】だ。

片思いから始まった恋は両思いとなって、現在に至る。

とはいえ、黄瀬は以前、同じ帝光中の青峰と付き合っていた。

青峰のバスケに憧れて始めたバスケを通して、

青峰と高校が変わっても付き合いは続いていた。

しかし、黄瀬が笠松先輩に恋をしてから、終わりを告げた。

別れを切り出したのはもちろん、黄瀬からだったが、

当の青峰はさっぱりとしていた。



『青峰っち。俺、好きな人ができたんだ。だから…別れて欲しいんだ』

そう告げたとき、黄瀬はやはり胸が痛んだ。

自分の一方的なわがままだ。

でも、この気持ちに気づいてしまったから、野放しにもできなかった。

『そうか。で、相手はあの先輩か?』

普段と変わりない表情で口の端を歪ませながら言った。

もっと違う言葉を期待していたのか、黄瀬の心が微かに痛んだ。

―俺とは遊びだったんスか―

そんな言葉が一瞬、頭をよぎる。

憧れていたのに、好きだったのに、何か寂しかった。

それでも、青峰らしい。とも思った。

そして、二人はプライベートでは会わなくなった。




待ち合わせの駅前、噴水の前に笠松先輩がいる。

早く来たはずなのに、自分よりも早く来ている。

どういうことだ?と不思議に思いながら、黄瀬は笠松の前に駆け寄った。

「先輩、早いっスね」

「眠れなくてな、早く来ちまったぜ」

そう答えた笠松に黄瀬は自分も眠れなかったと笑みをこぼした。




カラオケ行って、ご飯食べて、スポーツショップに向かう。

そんなに大きくない店にスポーツ用品がズラリと並ぶ。

お気に入りのメーカーのバッシュやリストバンドが並ぶ。

店の隅には別に必要じゃなさそうな試着室が二つ置いてある。

隅にあるのか、あまり利用がないようだ。

しかし、試着室の隣には試着やスポーツに関係ない小物が置いてある。

黄瀬は何となく気になったのでその小物を見にいった。

しばらくして、人の気配がした。

後ろを振り向くと、いるはずのない知人がいた。

「よう、偶然だな、黄瀬」

「あ、青峰っち…」

そこにはラフな格好をした青峰がいた。

何で、ここに?

と言いかけた瞬間、青峰に腕を引っ張られ、隣の試着室に押し込められた。

男二人では少しせまい試着室に青峰の顔が間近にある。

「今日は愛しの先輩とデートか」

耳元で声をかけられる。

微かに耳にかかる息に思わず、体がふるえる。

「青峰っち…放…」

がっしりと体を押さえ込まれ、

思うように引き離せない黄瀬に青峰はさらに耳元でささやく。

「…もう先輩とはヤッたのか…?」

青峰はそういうと、黄瀬の唇を奪う。

予測の出来ない青峰の行動に黄瀬は一瞬、体が固まってしまった。

そんな黄瀬を無視して、青峰は黄瀬の唇に割って入る。

「!!」

黄瀬の脳裏に終ったはずの恋が思い出される。

引き込まれていく。

そんな感覚が黄瀬を襲った。

―か…笠松…先輩…―

黄瀬は力の限り、青峰を振り切った。

「黄瀬、そんなにアイツがいいのか」

くすっと青峰は口元を歪ます。

「お前を熱くさせるのは…俺だけだぜ」

青峰はそうつぶやいた。

「青峰、ウチの黄瀬に何してんだ」

試着室のカーテンが開き、笠松の声が黄瀬の耳に届く。

笠松は青峰を睨んでいる。

「ナイトのお出ましか、じゃあな」

青峰は捨て台詞を吐きながら、その場を去っていった。

「か、笠松先輩…」

黄瀬は笠松の顔を見るなり、安堵の表情を浮かべた。

それと同時に裏切ってしまった気持ちが沸き起こった。

「黄瀬、大丈夫か」

黄瀬は静かにうなずくと笠松とともに、店を出た。



青峰とのキスを見られたかもしれないという不安と

笠松には青峰との関係を知られたくなかったという思いもあった。

「…先輩…」

日の落ちる寸前の公園のベンチで二人は終始無言のまま座っていた。

「黄瀬、気にするな。俺はお前が好きで、お前も俺のこと好きなんだろ」

笠松は静かに言った。

事実、笠松は黄瀬と青峰が付き合っていたことを何となく気づいていた。

黄瀬が青峰のことを憧れていたのを知っていたから。

そんな黄瀬が笠松に好意を抱き、好きになってくれた。

それだけでも笠松にとって嬉しいことだった。

「先輩…」

笠松は黄瀬を引き寄せると軽く唇を合わせた。

「帰るぞ」

笠松はそういって、立ち上がった。

黄瀬はその笠松の後ろ姿を見つめながら、苦笑いをこぼした。

『…センパイがいるから…俺は…』

日が暮れた街中に二人は静かに消えていった。






おわり